ある日本人の英語

H. G. Wellsの小説「Kipps: The Story of a Simple Soul」の翻訳出版に向けた作業ブログ a one-man effort to translate a novel by H. G. Wells, “Kipps: The Story of a Simple Soul” (1905) into Japanese and publish the results

雑談:ラテン語つまみ食い

おとつい、洋書売場を覗いてきた。

Wheelock's Latin

ラテン語の教科書だ。Wheelockの本は姉妹編かいろいろありそうで、見たのがこれでない可能性もあるが、題名はたぶんこれで良い。

昔からよく見かけながらも、でっかい本、くらいにしか思っていなかった。今回はじめて(ごく一部だが)中身をまともに見た気がする。最近気になって身の回りの本で調べていたことをここでも確認できて、解決を見た感覚になった。ごく一点のことで、またほかの本では知り得なかったともいえないけれどそういう気持ちになったということだ。

あとで思い出せるよう「ごく一点のこと」を概略記録する。

複合動詞anteponoの与格支配

と言っていいのだろうか?昔ロシア語を習ったときに聞き覚えた「格支配」という用語を使ってみた。ラテン語の学習でもそういう言い方をするものなのかは怪しい。

手持ちの辞書でvirtusという語を引いたところから始める。

Dictionnaire Latin De Poche Latin-francais

この辞書にはこんな例文があった。

animi virtus corporis virtuti ante ponitur

これはキケローさんのことば。「道徳的エクセランスは肉体的エクセランスに先立つ」みたいな訳文がついている。anteは副詞(先に)と考えるしかない。それが修飾する動詞ponitur(置かれる、三単現)の主語はvirtus(名詞、主格)、目的語はvirtuti (さきと同じ名詞、与格!)。与格というのがわからない。

ネット検索

Google先生に回すとすぐに「ante ponitur」は「ante-ponitur」「anteponitur」と綴られるものだとわかった。*1合成動詞だ。

白水社ラテン語広文典」泉井久之助著(Magna grammatica Latina gradatim constructa)

これは読み易い教科書だ。355節に、「prae-"前(面)に”、post-”あとに”とともに合成された動詞は、與格と共に文をつくる」とある。ante-ではいかがでしょうか?

James Morwood, A Latin Grammar (ISBN 978-0-19-860199-9)

オックスフォード大学出版局の、書店でもよく見かける、あの小さくて青い便利な本。個人的には「Benjamin Hall Kennedy's Memory Rhymes」の部分は要らないと思うけど。「Verbs followd by the dative case」にはanteで始まる動詞はなかった。前に来ても「followed by」というのかな。

Collins Latin Dictionary & Grammar (ISBN 978-0-00-816767-7)

これも便利なんだけれど、最大の欠点は詳細を求めると誤植が多いことだ。たとえばダレ(dare)がダーレ(×dāre)みたいに長音記号をかぶってところもある。

「助け、もしくは妨げを表す(ab-、ob-、parae-、sub-で始まる)合成動詞が与格を取る」というような記述はあるがante-は見当たらない。

Lucien Sausy, Grammaire latine complète (ISBN 978-2-212-54685-9)

2011年来所有するも、うまく使えていない本。構成すら理解できていない。今回も役立つ情報を見つけることはできなかった。

The Bantam New College Latin & English Dictionary, Revised and Enlarged

anteponoの項に、(与格を伴って)(食物を)給するに(他者)よりも(人を)優先させる、と読める記述があった。はっきりしないが与格支配になるanteponoの用法(意味)はあるということだ。手持ちの他の辞書にはantepono項に格支配の情報は見つからなかった。

Wheelock's Latin

与格支配の動詞としてanteponoも挙げられていた。落ち着いた心地。

研究社「詳細ラテン文法」(Grammatica Latina; scripserunt Katsuhiko Higuchi et Noboru Fujii)

これは頗る格好良い教科書だ。本文約130頁の小さな本なのに「詳細」なところが特に良い。中性名詞が単数複数とも主格、呼格、対格で同形なのはインドヨーロッパ系言語で一貫して成立することなども教えてくれ、読者のほうが紙幅が心配になるほどである。さっきこの本の存在を思い出して本棚の奥から掘り出して調べた。でも、「in-、sub-、ob-、prae-のついた合成動詞や・・・も与格支配」(72頁あたりの脚注)までしか確認できない。ところで、やっぱり「与格支配」って言ってよかったんですね!

再びネット検索

知りたいことはネット上にもどーんと書いてあった。

www.novaroma.org

*1:実は検索結果は「anteponitur」でなく「anteponatur」(接続法)ばかりだったのだが、ここでは「anteponitur」としておく