白ワイン色のガラス?
黒いカラスならぬ白いガラス?
ジョセフ・コンラッド「チャンス」最終章(後編六章)に、透明ガラスを指してwhiteと形容する箇所がありました([OWC]311頁)。場面は夜、大きな帆船の船内、船長に青年が何かを説明しようとします。
The young man pointed a finger once more upwards and squeezed out of his iron-bound throat six consecutive words of further explanation. “Through the skylight. The white pane.”
(拙訳)青年はもう一度指で上を指して、鉄張りの喉から六つの単語を絞り出して追加説明した。『あの天窓から。あの透明なガラス』[丸香]421頁あたり
何か反射など光の具合で対象のガラスが白く見えた可能性は否定できませんが、まあ、ないでしょう。実はこの天窓は本来、色ガラス(coloured glass-pane)を使用していたのですが、破損部分を無色透明のガラスにしたのでした。だからwhiteは無色の意味合いが強いかもしれません。 この場面の特殊性によって、青年が思うように話せない状態にあるという事情もあります。一音節の簡単なwhiteのほうが、三音節のやや複雑なtransparentより言いやすいということもあるのかもしれません。
本当にwhiteで透明の意味になるの?
透明であることをwhiteで表現することはめったにないと思うのですが、調べてみると辞書によってはそれらしい意味を挙げています。手元のやや古いオックスフォード辞書[COD]には、whiteの項に空気、水、ガラスについて、透明、無色の、という語意の記載があります。
問題個所について、手元の[フランス語訳](354頁)、[イタリア語訳](378頁)では普通の透明を表わすことばを訳語にしています。
(仏)... Le carreau transparent. ”
(伊)... Il vetro trasparente”.
そういえば、白ワインも白いというよりは透明ですが、無色というよりは黄色がかっています。フランス語でもイタリア語でも白ワインは白(それぞれblanc、bianco)のようです。
ジョセフ・コンラッド「チャンス─前後二編からなる物語」
近日Joseph ConradのChance: A Tale in Two Partsの邦訳[丸香]を出版するつもりです。 表紙はこんな感じです。
文献
[OWC]Joseph Conrad, Chance: A Tale in Two Parts, Oxford World's Classics. Ed. Martin Ray, OUP 2008, ISBN: 978-0199549771
[COD]H W Fowler and J B Sykes, The Concise Oxford Dictionary of Current English (6th Edition), Oxford University Press 1976, ISBN: 0-19-861121-8
[フランス語訳]Joseph Conrad, Fortune, Nouvell traduction établie par Roger Hibon, Gallimard 1989, ISBN: 978-2070380909
[イタリア語訳]Joseph Conrad, Il caso: Un racconto in due parti, traduzione di Richard Ambrosini, Adelphi 2015, ISBN: 978-8845930003
[丸香]ジョセフ・コンラッド「チャンス─前後二編からなる物語」青野丸香訳、2021予定