(メモ)着道楽と俳優
ベリャーエフ「難破船の島」の翻訳は半分くらいできました。底本に使っている本は版が大きくてページ番号も振っていないのではっきりしなかったのですが、思っていたよりは長編でして、この調子だと邦訳本は200頁くらいゆきそうです。
その第四部第一章の終わりのほうにこんな文章があります。
Это австралийский конек-тряпичник, а это актеннарии — самые любопытные обитатели Саргассова моря. Видите, как они приспособились? Их не отличить от водоросли!
これは海洋学者のトムソン教授のせりふで、訳文は、盛んに書き直したのだけれど、現状こんな風になっています。
「これは豪州の着道楽[リーフィー・シードラゴン]の仲間ですが、こちらは花虎魚[はなおこぜ]──サルガッソ海において最も興味深い生き物です。ほら、すばらしく適応しているでしょう?海藻と区別がつきません!」
拙訳も脚色しているが原文も怪しい。
着道楽
最初の下線部は、そこだけを見れば、リーフィー・シードラゴンという、ひらひら葉っぱのついた枝のようなものをたくさん生やしているけれど見かけタツノオトシゴに似ていなくもない、楊枝魚の仲間のお魚のロシア語名に違いありません。
場面は大西洋でありバミューダ諸島のあたりからサルガッソ海へ向かっているところ。空想小説であるから、現実と多少異なっていてもしかたない。またどうせ較べているインターネット上の情報だってあてにならない、という問題もあります。しかし、どうしてオーストラリアの魚の名前なんぞ持ち出すのでしょう?ウィキペディアなどを見る限りシードラゴンさん、オーストラリア南岸の辺にしか生息していない印象です。悩みながらグーグルしているうちに、もっとふさわしいやつがありました。浮いているサルガッスムの中に見つかるというsargassum pipefish(やはり楊枝魚の仲間)。これだったら良かったのに!
en.wikipedia.orgしかしリーフィー・シードラゴンには全然似ていない。親戚ではあるのだけれど。とりあえず問題箇所はリーフィー・シードラゴンの仲間と解釈しようと思いました。
現状ではもっとひねって「着道楽」ということばを入れています。混乱するかしらん?これまたグーグルしているうちに、大きな露英英露辞書らしきもの*1にclotheshorse/fashion plateの説明もしくは訳語としてтряпичникが出ていることを知ったためです。リーフィー・シードラゴンのイメージに合うと思ったんです。「物干掛け」でも良いけれど。
手持ちの英語版(Maria K.)、仏語版(Viktoriya et Patrice Lajoye)はもっとあっさりタツノオトシゴみたいな言い方(それぞれseahorse, dragon de mer)で処理してあります。まあそれが無難なところなのでしょうね。ただし、仏語版の方はseadragonのことだろうから大西洋に見つかって良いのかという問題はあるかもしれません。
俳優俳優
もう一方の下線部のアクテンナリイ、актеннарииこれも苦戦しております。今考えると、仏語版にヒントがありました。大胆にantennairesとやっているんです。
つまり、イザリウオあたらめカエルアンコウ?と最初グーグルして思ったのですが、それよりも重大な指摘は原文актеннарииが誤植であるということです。アンテンナリイと読むべきなのです。グーグルでわかる範囲では1960年代の本でも「正しい」綴りантеннарииになっている本は見つからないので証明できませんが、そう考えたほうがもっともらしいです。
で、舞台のサルガッソ海にふさわしいお魚が見つかったのです。それがハナオコゼなのです。英語名はずばりサルガッスム魚(sargassum fish)、学名は俳優さん俳優さん(Histrio histrio)というすごい名前です。科はAntennariidae、いわばアンテンナリウス科。
en.wikipedia.orgそして「難破船の島」の引用しなかった続きの説明にぴったりなのです。拙訳のみでご勘弁いただくと:
実際、褐色に白斑を散らした配色につけ、裂けたような体の形状につけ、актеннарииはサルガッソ海の海藻に酷似していた。
カエルアンコウでは、ちょっとこれにあてはまりません。
*1:Майкл Кайзер · 2020 Продвинутый англо-русский/русско-английский словарь