ある日本人の英語

H. G. Wellsの小説「Kipps: The Story of a Simple Soul」の翻訳出版に向けた作業ブログ a one-man effort to translate a novel by H. G. Wells, “Kipps: The Story of a Simple Soul” (1905) into Japanese and publish the results

いつ終わるかわからない作業:訳文の再点検(41)

「キップス」の邦訳につき、ペンギン・クラシクスの注部分をチェックする作業の続き。

中巻3章注9のある文(tate-eh-tate)

"Coote," he asked, "wot's a 'tate-eh-tate'?"

「クート」と尋ねる。「ステート・エ・テートって何だか教えて」

拙訳の余分な「ス」は(底本ではないが)異本に'state-eh-tate'とあるのを採用したもの。Page:Kipps.djvu/248 - Wikisource, the free online library

注はtête-à-têteと正して辞書的定義を記す。tête-à-tête - Wiktionary

中巻3章注10のある文(six weeks black, with jet trimmings)

He paused for a moment on page 233, his eye caught by the words: "FOR AN UNCLE OR AUNT BY MARRIAGE the period is six weeks black, with jet trimmings."

一瞬、二百三十三ページで手を休めると、こんなことばが目に止まった。「義理のおじまたはおばに対して期間は六週間の黒、つけるのは黒玉の飾り

拙訳の黒玉というのはおそらくウィキペディア記事からの情報。

ja.wikipedia.org

注はキップスが服喪の章を開いたと説明。

中巻3章注11のある文(As you like it)

第5節にはいった。

Then she introduced the topic of a forthcoming open-air performance of "As You Like It," and steered past the worst of the awkwardness.

そして、これから催される「お気に召すまま」の野外公演を話題にし、この舵取りで最悪のぎこちない状況は回避された。

注は作品説明。お気に召すまま - Wikipedia

中巻3章注12のある文(nap)

第6節にはいった。

His attention was caught by a rubbed place in the nap, and, still thoughtful, he rolled up his handkerchief skilfully into a soft ball and began to smooth this down.

けばのこすったところが目についたので、考え続けながらも、ハンカチを巧みに巻いて柔らかな玉にして、それをならし始めた。

注はnapの辞書的定義。https://en.wiktionary.org/wiki/nap#Noun_2

中巻4章注1のある文(Foozle Ile)

その前後も引用する。

"It's a very good whiskey, my boy," said old Kipps. "I 'aven't the slightest doubt it's a very good whiskey and cost you a tidy price. But—dashed if it soots me! They put this here Foozle Ile in it, my boy, and it ketches me jest 'ere." He indicated his centre of figure.

×「わが子よ、あれはとても良いウィスキーだよ」と老キップスは言う。「間違いなく、とても良いウィスキーで大そうな値段だったと思うね。しかし―ああ無念、わしに合っておればなあ。ひょこっと、『へぼざけじま』にはいってしまって、ここが妙なんだよ。そしてここでやられる」と、自分の体の中央を示す。

注はFoozle IleをFusel oilと正して辞書的定義を記す。フーゼル油 - Wikipedia

拙訳はIleの読み替えに失敗しての誤訳である。素朴にアイルはオイルに訛るかもしれないが、その逆の現象である。想像するに、「正しい」発音をしようとしてそうなってしまうのであろう。拙訳は下線部周辺も修正せねばならない。「ふーぜる油っていうやつが這入ってるものだからね、・・・」

(再考)問題の文は、こう読めよう:(連中はウィスキーに)フーゼル油を入れて、それが私のここに当たる。最後の「当たる」(catchのところ)は怪しい。this (hereは無視してよい)はこの会話においてフーゼル油という語が初出であることを示している。

(反省)そもそもフーゼル油というものを知っていればFoozle Ileはそれのこととわかったろう。そうでなくとも(このあたりを最初に翻訳したときに用いた辞書ではないが)手元にある古いCOD*1によってでもFoozle Ileがフーゼル油のことであることに気づきうる。まず見出し語にfoozleがあり、その語源欄にfuselの項を参照している(cf. FUSEL)。そしてfusel項にはほぼfusel oilのことしか書いてなく、その定義に4行も割いているのだ。ペンギン・クラシクスの注よりも断然詳しく、(今は否定されているらしいが)酒を有害もしくは毒にする、とまで書いてある。

(発音メモ)foozleとfuselとの発音の差はooとu(ウーとユー)の違いにある。カナ書きすればフーズルとフューズルの違い*2

中巻4章注2のある文(after Morland)

You cannot lead a conversation straight from the gastric consequences of Foozle Ile to Love, and so Kipps, after a friendly inspection of a rare old engraving after Morland (perfect except for a hole kicked through the centre) that his Uncle had recently purchased by private haggle, came to the topic of the old people's removal.

会話の話題を「へぼざけじま」〔フーゼル油に訂正〕による胃の変調からまっすぐ愛へ導こうとしても無理だから、キップスは、おじの趣味で最近値切って購入した、モーランドの絵に習う古く珍しい(真ん中にあいた穴のほかは完全な)彫版を仲良く鑑賞してから、老夫婦の住居の移転の話題に行き着いた。

注は人名説明(画家)。

ja.wikipedia.org

中巻4章注3のある文(Manufacture bicycles)

Engineer. Manufacture bicycles." 

技師だ。自転車の製造をしている

注は自転車の流行、ウェルズの自転車愛好等をコメント。

 

 

*1:The Concise Oxford Dictionary 6th edition (1976).たしか「キップス」翻訳作業当時はもっと古い(1929年の)CODを入手したが今は持っていない

*2:辞書によってはズルに曖昧母音を入れて表記している。いずれにしても手元の発音辞典や英語辞書を見るかぎり各々ノズルnozzleのズルとも発音記号表記上区別できない