ある日本人の英語

H. G. Wellsの小説「Kipps: The Story of a Simple Soul」の翻訳出版に向けた作業ブログ a one-man effort to translate a novel by H. G. Wells, “Kipps: The Story of a Simple Soul” (1905) into Japanese and publish the results

エミール・アルティンの「現代代数特論」

ある代数の講義録

エミール・アルティン(1898─1962)の代数の講義録(Selected Topics in Modern Algebra)がInternet Archiveで公開されているのを見つけ、どんなことが書かれているのかしらと多少、閲覧していたのですが、この四月に古書として入手して一通り内容を確認しました。

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Selected Topics in Modern Algebra by E. Artin

外観

公開されている(ミシガン大学図書館所蔵の?)ものとは異なり、両面印刷で、既知の誤記は修正されているらしく正誤表はありません。表紙にLecture Note 101とあります。全部で103ページ。出版元などの情報は何もありません。タイトルページはあって、A Summer Conference in Collegiate Mathematicsとあるので、受講者が数学を学ぶ大学生であることがわかります。1954年にノースカロライナ大学で講義したものであることも書いてあります。タイトルページをめくると本文で、目次も索引もありません。

あまり見かけないドイツ文字が若干、出てきます。下に囲んで示したのは上からアー、オー、ペー、ツェー、ベー、デー。

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環やイデアルを指す筆記体ドイツ文字

内容

講義全体の目的を説明する文章などありませんが、数学を学ぶ大学生向けのガロワ理論の入門講義であるようです。

和訳して組版すると、こんな目次が生成されました。

第1章 集合と写像・・・・・・・・5
1.1 記法および演算・・・・・・・5
1.2 同値関係・・・・・・・・6
1.3 写像・・・・・・・・・・・7
1.4 半順序集合・・・・・・・・・・9
第2章 群,環,体・・・・・・・11
2.1 群・・・・・・・・・11
2.2 群の同値関係や部分群・・・・・・12
2.3 群の準同型・・・・・・・・・・14
2.4 ジョルダン‐ヘルダーの定理・・・・・・15
2.5 整数Z の加法群・・・・・・・19
2.6 環・・・・・・・・・20
2.7 環上の同値関係,剰余類環・・・・・・22
2.8 多項式環・・・・・・・・25
2.9 体・・・・・・・・・26
第3章 初等算術・・・・・・・・・・31
3.1 主イデアル環・・・・・・・・31
3.2 一意分解環・・・・・・・・・・35
第4章 体の拡大・・・・・・・・・・41
4.1 拡大の次数・・・・・・・・・・41
4.2 付加,単純拡大・・・・・・・43
4.3 定規とコンパスによる作図・・・・・・47
4.4 中間体・・・・・・・・・・48
第5章 ガロワ理論・・・・・・・・53
5.1 拡大の次数・・・・・・・・・・53
5.2 分解体・・・・・・・・・・55
5.3 自己同型下の固定体・・・・・・・64
5.4 体の1次コホモロジー群・・・・・・・75
5.5 体の拡大列・・・・・・・・・・82
5.6 n 次一般方程式・・・・・・・89
5.7 置換群・・・・・・・・・・91

後半は体の拡大とガロワ理論。前半は準備で集合から始まります。線型代数も使うのですが、それは既習として講義しています。また置換群は最後の節で説明しています。アーベルの定理はその直前の「5.6 n 次一般方程式」に示されます。

もうひとつのガロワ理論入門?

アルティンの類書としてはGalois Theory(初版は1942年)が有名で、日本では寺田文行訳「ガロア理論入門」がいまや「ちくま学芸文庫」にはいって一般向け図書になっており(2010年)、これを読む方は多いようです。自分は読んだことはないながらも手許にあるDover版Galois Theory(GT)と本件のSelected Topics in Modern Algebra(STMA)を比べて明らかな違いに次のようなものがあります。

  • GTは群論を既知とし、STMAは線型代数を既知とする。
  • GTにコホモロジー群の記述は見当たらず、STMAには言及のないNoether equationsやKummer's fieldsの節がある。
  • GTは(編者Arthur N. Milgramによる)応用が後の方にまとめられているが、STMAは例、応用が本論の随所に組み込まれている。
  • GTは定理や補題や証明部分が明確に分かれていて定理には通し番号がある。対してSTMAはあまり整理されていない。
  • STMAは、「第5章 ガロワ理論」のみではあるが、多数の図を含む。
  • STMAには、少数ながら、ときどき練習問題がある。

自分の印象から想像するに図や例に助けられてSTMAのほうが読み易いと感じる人もあるでしょうが、GTより易しいということもないと思います。特に「ガロア理論入門」は問題と解答や解説を加えているらしいので、ことさらSTMAを勧める理由はなさそうです。

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