ある日本人の英語

H. G. Wellsの小説「Kipps: The Story of a Simple Soul」の翻訳出版に向けた作業ブログ a one-man effort to translate a novel by H. G. Wells, “Kipps: The Story of a Simple Soul” (1905) into Japanese and publish the results

コンラッドの「闇の奥」から再び

またジョゼフ・コンラッドの小説「Heart of Darkness」の文を借りて観察し、てきとうに解釈する。

ようこそ So it begins

英文解釈の題材としてみたとき、「闇の奥」の原文は出だしから勉強させてくれる。ここで取り上げる第一章第一段落では、物語の披露される場となる船の動きと直面するテムズ川河口近くでの状況がさらりと提示される。

The Nellie, a cruising yawl, swung to her anchor without a flutter of the sails, and was at rest. The flood had made, the wind was nearly calm, and being bound down the river, the only thing for it was to come to and wait for the turn of the tide. 

これをこんなふうに読んでみる。

ネリー号という、ヨール型のクルージング帆船は、帆のはためくことのないうちに船体を回して錨の方角に向き、静止した。満ち潮が寄せて、大して風もないものだから、川を下るところだった船は、停止して潮の変わるのを待つほかない。

振って振って振った Swing swung swung

第一文は、swung云々というところがおもしろかった(あるいはわからなかった)。そこを中心に理解に役立ちそうなことを書きつけたい。

文の構造から見るとswungは重要部品だ。修飾語を省くと文の骨格としてThe Nellie swung, and was at rest.が残る。こうするとswungは過去形であり自動詞であることがはっきりする。また問題文の基本は「ネリー号は振れた」と「ネリー号は静止していた」をくっつけたものだが、時系列でswungそして(and then)was at restと読むことも許されるはずだ。

振れるということ swinging

停泊中の船の運動の種類の一つにswingingがある。検索すればインターネット上に解説があり、アニメーションを見れば「百聞は一見にしかず」だ。

www.youtube.com

思うにこれは振り子の運動に似ている。横倒しになっているが、錨のあたり*1を支点にして船が振り子になって動く。水流や風があれば起きそうだが、その向きが変わらなければすぐ減衰しそうだ...ブランコがこがなけりゃやがて止まるように―たぶんそれよりももっとすみやかに―安定な状態に落ち着いてしまう。風なり水流なり、船が受けている力の方向に錨索が伸びた形で静止するのだろう。

錨に to her anchor

しかし、われらの問題文は必ずしも錨を下ろす作業が完了したあとの話ではない。錨(その他)からの制動が効き出すあたりからのこととも思われる。また、錨のまわりに回るというのがコペルニクス的な視点ならば、いくぶん問題の解明を妨げかねない。問題文は船上の人が記述したものだからだ。

先のswingingのイメージのうち役に立つのはそれが水平方向の動きであるということ、錨の方向に舳先が引っ張られているということ、船の角度が変わるということだ。あとは辞書などを見て自動詞swingの例文を見ると良いかもしれない。自動車も無理に曲がればswingするし、とびら、方位磁針や体重計の針(needle)だけでなく時計台の針(hand)だってswingする。

そうこうしたのち(つまり必要な先入観を植え付けてから)あらためて虚心にswing to her anchorをながめていると、それが船が錨の方向を向くまで船体を振った、ということだと思えてくる。船体の向きが変わったこと、そして結果、舳先の指すのが下ろした錨の川底に沈む地点への方角であったことさえ読み取れる。それにswingという運動の感覚が感じらればもっと良いのだけれど...

この文(第一文)の描く状況につき、ネット検索すると、実務者らしき方(シアトルの船乗り?)の説明があった。

answers.yahoo.com問い合わせには、いかにswungがwas at restと折り合うか?という旨の追記がある。回答者は at restというのは航行していない、というだけだ、とも言う。

事実は小説より奇なり。されど...Truth is stranger than fiction, but...

動いているものと止まっているものを組み合わせて書いてあるところが、読み手としては不安であり、わかりにくい。体を振った(swung)が、その振舞にsailsは寄与せず(without a flutter)、かつ船は静止している(at rest)。つじつま合っているのかしらん...最初はそう感じてもしかたない。

それでいて、これは設定の状況で現実によく起きる現象をあっさりと記述したものと言えそうだ。一定方向に流されている船が錨を下して、制動を受けると、減速するとともに船体の角度を変え、いずれ船は流れと反対に向いて安定する。流されていたところに急に頭を引っ張られて(行きつ戻りつするかわからないが結局は錨、錨索、船体が流れに沿って)錨を前方に見るように向きを変える。それが船のswung to her anchorという動作の説明になる。

結局、swung to her anchorは、ほぼ、読んで字の如し。「錨へ振った」ということだ。最初は何回を読み直してああでもない、こうでもないとやっていたのに、今や説明不要な気さえしてくる。

単独メイク How I learned something can just make

第二文で興味深いのはThe flood had madeだ。自動詞makeというのは、あるけれど、あとに何もつかないのは珍しい。もしや何か脱落しているのではと疑ってみたが、そうではないのだ。makeには潮(tide)や船内の水位につきriseの意味があるのだ*2。辞書を見るにもmakeには意味が多すぎて調べにくいが、たぶんこの意味を収録していない辞書のほうが多い。辞書になくても英語を母国語にする人ならだれでも知っているという種類のものでもない。

forum.wordreference.com第二文にはcome toということばも出てきて知らないと読めないが、船について止める(stop)の意味がある。ここでは止まる、だけれど。bring toと言っても同じらしい。shut to(締まる)との関係はしらない、けど同類にみえる。謎のto

*1:水底から船を引いて制動するのは先端の錨のみではない

*2:たとえばThe Random House College Dictionary, ISBN: 0-394-43500-1