ある日本人の英語

H. G. Wellsの小説「Kipps: The Story of a Simple Soul」の翻訳出版に向けた作業ブログ a one-man effort to translate a novel by H. G. Wells, “Kipps: The Story of a Simple Soul” (1905) into Japanese and publish the results

(メモ)キップスの重要語マークオフ✓

ペンギンクラシック版の注釈を参照する最近の「キップス」拙訳の再点検をきっかけに、原書に数回出てきて悩まされるmark offという語句の意味がわかってきた、と感ずる。そして、この語句の表わす行為に関し、キップスの奉公先の服地店がてんやわんやになることからもわかるように「キップス」を理解するための重要語句の一つであった。つまりが、かなり酷い誤訳をしていたということだ。

具体的に一件だけ用例と誤訳を挙げる:

The threat filled Kipps with splendid anticipations whenever Shalford went marking off in Minton's department. 

(×)シャルフォードがミントンの仕事場に向かう軌道にあるときはいつも、高まる危険性の中、キップスの心はすてきな期待にときめいた。

シャルフォードというのは服地屋の店主、ミントンはキップスの先輩店員である。

単にmark offというと、おおよそmarkが「印ス」、offが「除ク」または「分カツ」の意、と読んで掛け合わせたものとして辞書に列挙されている意味が理解できる。つまり、(リスト上の項目を)チェックオフするというような系統の意味か、区画する、目盛る、けがくという系統の意味である。

ところが、それとは異なる系統の意味で読む必要があった。

辞書によっては掲載されているように、markは「品物の価格の値を書く」というようなときにも用いられ、値段の設定についてmark up、mark downという語句がある。求めるのは(手持ちの辞書には見当たらぬ)この系統のmark offだったのだ。

その用例はネット上でもmark off goodsなどとしてグーグルすると案外*1、見つけられる。今回、特に服地商の便利帳らしき*2冊子をながめると、MARKING OFFと題して、大雑把にいえば「これは商売の良し悪しに関わる最重要の務め」として、「20パーセントの見返りを得るには原価に25パーセント上乗せすべし」の類のことを説いている。どうやらmark offとは(儲けを目論んで)値付けするという意味のようなのである。巻末にMarking-off Tablesがあるというが、PROFIT ON RETURNS早見表のことに違いない*3

よって最初の引用で言えば、「先輩の部門(売場)の値付け(の作業もしくはその立ち会い)に店主が行くときにはキップスは(二者の対決に)胸をふくらませた」というような意味になろう。

 

 

 

*1:それくらいのことは翻訳の際、前もやったと思うのだけれど、今とは検索結果が違ったのかもしれない

*2:London 1885, Richard Beynon, The Draper's Assistant, A Guide

*3:断じてケガキ台ではない