ある日本人の英語

H. G. Wellsの小説「Kipps: The Story of a Simple Soul」の翻訳出版に向けた作業ブログ a one-man effort to translate a novel by H. G. Wells, “Kipps: The Story of a Simple Soul” (1905) into Japanese and publish the results

そんな目に合わなくてI don't envy you

これは問題にすべきか迷う。記録するには値するかも。忙しい方は読まないでくだされ。

キップス中巻四章二節

 「もちろん、そういうことは、友よ、おまえに起きるほうが、おれに起きるよりは良いだろう。だから、うらやむことはありえない。おれだったら、たとえ、そんな財産があったって、維持できやしない」

原文は

Of course, better you 'ave it than me, o' chap. So I don't envy you, anyhow. I couldn't keep it if I did 'ave it.

 I don't envy youはそのまま、おまえがうらやましくない、と置き換えてもよいように思われる。そして、そう言うのは実は、自分にそういうことが起きればよいのにという気持ちの裏返しだろう。国語の授業ならそういうことをやると思うが、正解はわかりようがない。

英語の授業なら、I don't envy youは実はこういう意味になりますよ、と先生は教えてくれるかもしれない。きっと「おれはそんな目に合わなくて良かった」という意味ですぞと。ああそうだったのか。

しかし、そのままでは、あてはまらないだろう。

もともと、こんなことを考えだしたのは、ネイティブはenvyをあまり会話で使わないという指摘がネット界隈にあるのに気づいたのがきっかけ。しかしそれ自体は(真偽は別として)日本語ネイティブがウラヤマシーと(言う人は)言うほどには英語ネイティブは「I envy you」とは言わない、というような話のようだった。会話で面と向かって「I envy you」って言うとき(ウラヤマシーって言うとき)、本来の「envy」の意味を(resp.うらやましいの意味を)脱しているかも知れず、やはり、「そのとき話者はどういう心情だったか」というような、どちらかといえば国語の授業で問題にする種類のことに突き当たる。たとえば「良かったね」くらいのときのこともあるだろう。

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一般的な英語の話題として、本来envyと「うらやむ」は意味が異なるだろうか。まあまったく同じってのはないだろうが...英語の辞書を引いてもよくわからない。なるほどenvyをある種の不満(discontent)と説明する辞書もあるが、まさに「うらやむ」を英語で説明しているのではないかと思われるような辞書もある。

それでは本題に戻って、キップスの(実はシドのせりふだが) I don't envy youの訳は何か修正したほうがよいだろうか?「おれにおまえがうらやましくない」というより「おれじゃなくておまえに起きてくれて良かった」という意味なのではないか、と考え直す。でもそれは既にI don't envy youの前に言ってしまっている。つまりそのあたりの一文は念押し、たとえば「うん、おれでなくて良かった。」くらいの感じか?

 「もちろん、そういうことは、友よ、おまえに起きるほうが、おれに起きるよりは良いだろう。うん、おれでなくて良かった。おれだったら、たとえ、そんな財産があったって、維持できやしない」