ある日本人の英語

H. G. Wellsの小説「Kipps: The Story of a Simple Soul」の翻訳出版に向けた作業ブログ a one-man effort to translate a novel by H. G. Wells, “Kipps: The Story of a Simple Soul” (1905) into Japanese and publish the results

いつ終わるかわからない作業:訳文の再点検(3)

拙訳「キップス」につき、ペンギン・クラシクスに注のある箇所に対応する文をチェックする作業の続き。

 

tak-p-masen.hatenablog.com

 

注8のある文(Colic for the Day)

And his aunt made him say his Catechism and something she certainly called the "Colic for the Day" every Sunday in the year.

おばは一年中、毎日曜日キップスに教理問答と、それからおばが真顔で「この日のコリック(疝痛)」と呼ぶコレクト(特祷)のことばを唱えさせた。

注はColic for the Dayが英国国教会のCollect for the Dayのことなのだと説明。それに似た注が底本(Wordsworth Classics)にもあった。それによれば国協会のお祈りの本にそう称される短いお祈りがあったらしい。

「この日」は「今日」としてもよいかも。それならキップスのおばさんは「今日の祈祷」を「今日の疝痛」と読んでいたのだ。この部分、イタリア語*1ではrazione quotidiana(一日分の配給?)となっているがこれは何の読み違いになっているのかしら。

なぜか拙訳にcertainly(確かに)を書かず代わりに「真顔で」を書き込んだのは不審。つまり、原文は本当にそう言っていた、というキップスの確信をいっていると読めるが、訳にはおばさんの確信としか読めないようにしている。

 

注9のある文(Quodling)

When he was in the High Street he made a point of saying "Hello!" to passing cyclists, and he would put his tongue out at the Quodling children whenever their nursemaid was not looking.

ハイ・ストリートに出たときには、自転車をこいで通りすぎる人に、こんにちは、とあいさつすることにしていたし、クォドリング家の子供たちには、子守女の見ていないときには必ず、舌を突き出してやった。

注はQuodlingがcodの小さいもののことだと説明し、これは底本が、小さい魚のことと言うのと似ている。しかし拙訳のように苗字と解釈するしかなかろう。もちろん「雑魚クォドリング家」などとすることはできる。しかし、それではMs. Whiteheadを白頭先生、小川さんをMr Brookとするようなものだ。

注10のある文(nyar, nyar, 'im-singing )

Pornick, the haberdasher, I may say at once, was, according to old Kipps, a "blaring jackass"; he was a teetotaller, a "nyar, nyar, 'im-singing Methodis'," and altogether distasteful and detrimental, he and his together, to true Kipps ideals, so far as little Kipps could gather them. 

小間物屋のポーニックについてこの私がまっさきに言えることは、老キップスによれば、「けたたましいばか」の禁酒家の、「聖歌をニャーニャー歌うメソジス」であり、彼と彼にまつわるすべてが悪趣味でかつ、キップス少年の察せられる限りにおいて、自身の真の理想への脅威でしかなかった。

注はnyar, nyarは嘲りを表現する音、 'im-singingは「聖歌を歌う」、と説明。

それなら「聖歌をニャーニャー歌う」は違うのかもしれない。擬音でないとしたら「聖歌をぎゃあぎゃあ歌う」くらいにしたほうが和文としては読み易い。イタリア語では「皮を剥がれた猫のように聖歌を歌う」(che cantava gli inni come un gatto scorticato)とある。

注部分ではないが、終わりのほうの「自身」は「キップス氏」か「キップス家」としたほうがわかりやすい。

*1:Valentina Cappoci訳、Lavinia Emberti Gialloretti改訂